2009年4月30日木曜日

座間滞在4日目

微妙にお酒の残るまま、友人の妹に起こされ、のんびり御飯を食べる。
今日はキャッチボールをしようと約束をしていたので、その友人にメールをして集合を待つ。

が、2人とも寝坊しまくりで、3時ごろに100円ショップで買ったゴムボールでキャッチボールを開始。キャッチボールの言いだしっぺながら、非常に楽しくて良かった。

昔やったことを、当時の仲間と、話しながら遊ぶ。完璧だ。
しかし、みんな体力衰えすぎで早々にダウンする始末で、1人だけ体力をもてあましていたようだ。

17時ごろ、大和にある京風たこ焼き あっちゃんへ。
友人が気になりながら、行ったことがないということで行ったところ、タイミングよく空いていた。
元祖「あげたこ」と書いてあったかなぁ。カリカリっぽいたこ焼きは、非常においしかった。B級グルメとして紹介されることもあるようだ。
ほんとにおいしいたこ焼きだった。

そして、目的地のないまま晩御飯を食べに、ふらふらと南下。
気づけば江ノ島に到着するも、人気店は長蛇の列。さらにふらふら移動、物色しながら最終的にインドカレーのあっぷーがるへ。飛び入りで入ったのにおいしいお店。巨大なナンで今日も満腹。友人の残した分まで食べてさらに満腹。

そして、前日と同じように、満腹→アイスという流れで、ブルーシール鎌倉腰越店へ。
沖縄旅行で散々食べてるのに、紅芋ソフトを注文。マンゴーバナパコとかも好きなんだけどねぇ。

その後カラオケでも?という流れになりかけるも、帰る帰るといってるうちに、みんなも疲れが出始めたので素直に帰宅。

キャッチボールの後、食事に行ったがために実家に帰り損ねた。。。
明日こそ帰ります。

2009年4月29日水曜日

座間滞在3日目

お昼ごろに友人家族に起こされ、のんびりお昼ごはんを食べる。
友人家族と映画でもという話になり、だらだら準備をするうちに、全員がだらけはじめ、結局全員ゴロゴロ。

夕方から別の友人1人が合流して、インドカレーでも食べに行こうということになり、向かっている途中に仕事帰りの友人も1人合流。

カレー食べる気満々だったのに、お店がお休みだったので、上の萬金餃子へ。
ここの餃子は半分油で揚げたような変わった餃子。子供の頃に来た以来だったので楽しみだったのだが、昔ほどの感動がなかった。追加注文一切不可、2階や3階はシート料やルーム料をとるようながめつさに、なんかがっかりした。

追加注文できないので、4人で焼き餃子70個、水餃子8個を注文。
見積もりミスで、全員満腹。久しぶりにベルトをはずすほど食べた。

満腹のまま、31アイスクリームでデザートを食べ、友人が働くメガネ屋へ冷やかしに行った。ついでにメガネフレームの調整をしてもらったり洗浄してもらったり、至れり尽くせりだった。にんにく臭かったのにごめんよ。

メガネ屋の営業が終わった後、合流して5人で魚民へ。
気づけば3時過ぎていたので、慌てて帰って就寝。

やってることが学生っぽいなぁ。。。

2009年4月28日火曜日

GW帰省2日目

帰省といっても、実家は埼玉に引越しているので、生まれ育った地元の友人宅におじゃましています。

幼稚園からの友人の家で、家族にもよくしてもらっているので、非常に居心地が良いです。

呑み明けということもあって、遅く起きてのんびり朝ごはんを食べ、午後は他の人を誘って夢庵で食事し、DVDで映画を見て、昼寝して。。。

ある意味、GWの実家に帰省している人となんら変わらない状態です(笑

そして。。。
久しぶりだと、やっぱり座間は米軍機がうるさいっ!
ゴオオオオォォォォォ
       ゴオオオオォォォォォ

テレビも映画も聞き取れなくなる酷さ。
でも、どこか懐かしく、嬉しい気持ちにもなってしまう。
地元っていいなぁ。

2009年4月27日月曜日

GWらしく地元座間へ帰省

GWということで、座間に行くことにしました。
まずは新大久保で韓国料理を食べようという話に。

三段腹肉専門店 トマト(Yahooグルメのサイト)

声をかけた友達がドタキャンになったり、逆に飛び入りがあったりで結局人数かわらず。(結局、ほぼいつものメンバー)

おいしいお店でした。
肉もおいしいんですが、トッポギとか、キムチの入ったスープのようなものとか、辛いだけじゃなくちゃんと味があったり、甘辛いバランスとかも良かったです。

テーブルの狭さと、座席の硬さがちょっとアレですが、また行ってみたいお店かな。
飲んでばかりで、あまり食事しなかった気がするけど(笑

結局3軒ほどで呑み、小田急電鉄のロマンスカー(全席指定の有料特急)で帰る予定だったのになくなってしまい。普通に急行で座間へ。

座間に来てもなかなか通らないような懐かしい裏道っぽいところを通ったりしながら、友人宅に到着し就寝。

今回会えなかった友人が数人いるので、都合あわせて久しぶりの再会をもくろみ中。(最近、中学校時代の友人と再会するのが流行り)

2009年4月26日日曜日

実際の戦車撃破王 ハンス・ウルリッヒ・ルーデル

wikipediaより
ハンス・ウルリッヒ・ルーデル

第二次世界大戦中のドイツ空軍の軍人です。語るより、まず記事を読んで欲しい。できるなら記事全部を。でも面倒な人ように部分引用。

戦績:

  • 出撃回数2530回(内、Fw190での出撃が800回ほど)
  • 被撃墜回数30回
  • 戦闘による負傷5回
  • ソ連軍によってかけられた賞金10万ルーブル(当時のレートで換算すると、およそ5億円)

戦果:

  • 戦車519輌(この数は戦車部隊一個軍団を撃滅したのに相当する)
  • 装甲車・トラック800台以上
  • 火砲(100mm口径以上)150門以上
  • 装甲列車4両
  • 戦艦1隻(マラート)(船体前半着底。マラートはこの後も砲台として戦闘に参加している)
  • 嚮導駆逐艦1隻
  • 駆逐艦1隻
  • 上陸用舟艇70隻以上
  • 航空機9機(戦闘機2、爆撃機5、その他2。9機のうち2機はIl-2であったとする資料もある)

ちろん、艦艇の撃沈記録については、彼一人の戦果ではなく協同戦果である。

戦争や兵器の知識がなくても、すごさがわかってもらえると思います。
出撃回数2530回で違和感を感じ、被撃墜回数30回って時点で理解に苦しみ、撃破戦車数519輌で異常を感じ、その他の記事を読むと伝説となります。

さらには、

しかも、戦友らの証言によれば、ルーデルは仲間たちの評価を上げる為に、自らの戦果を他人の戦果として申告させていたという。この証言に従えば、実際の戦果は公式記録より多い事になる。また彼は、負傷した際も病院からこっそり抜け出しては出撃し戦列に紛れていた為、更に戦果は多かったものと思われる[5]。

 

5^ 「誰が破壊したのかわからない戦車」が多過ぎた事から、ルーデルが病院を抜け出している事が発覚、軍医に怒られた、と自伝の中に著している。

考え方も、行動も、戦果もすべて理解できない。
やはり英雄というのは普通の人とは違う何かを持っているということでしょうか。
ここまでくると、ゲームの主人公的のようだ。
(撃墜されても何度でも復活し、誰よりも強い)

戦争時は、味方兵士の士気を上げるためや、敵兵士のを士気下げるために、誇張された数字や戦果を出すことは往々にしてあるわけですが、これは公式記録ということです。話半分として、半分で考えても尋常ではないわけで。

ドイツ国内ではどういう風に授業で習うのでしょうか。